2008年12月06日
篤姫がたどった 薩摩街道を歩く 筑後、みやま市で160人
放映中のNHK大河ドラマ「篤姫(あつひめ)」がたどったとされる薩摩街道を散策するイベントが22日、筑後、みやま両市で開かれた。市民約160人が参加し、当時を思わせる街道沿いの古い家並みや史跡を巡り、地元の魅力を再発見した。
九州新幹線の新駅「筑後船小屋駅」が2011年春、筑後市に開業するのを控え、新駅周辺の広域観光を考えようと筑後商工会議所が主催した。
筑後市の「羽犬塚宿」を歩く5キロコースと、みやま市の「瀬高宿」を通る6キロのコースで行われた。このうち瀬高宿コースには約30人が参加し、宿場町の面影を残す街道跡を、地元郷土史家の解説を聞きながらゆっくりと歩いた。
同市瀬高町下庄の主婦木庭芙美子さん(65)は「こんなに風情のある風景が地元に残っていたんですね」と驚いていた。
九州新幹線の新駅「筑後船小屋駅」が2011年春、筑後市に開業するのを控え、新駅周辺の広域観光を考えようと筑後商工会議所が主催した。
筑後市の「羽犬塚宿」を歩く5キロコースと、みやま市の「瀬高宿」を通る6キロのコースで行われた。このうち瀬高宿コースには約30人が参加し、宿場町の面影を残す街道跡を、地元郷土史家の解説を聞きながらゆっくりと歩いた。
同市瀬高町下庄の主婦木庭芙美子さん(65)は「こんなに風情のある風景が地元に残っていたんですね」と驚いていた。
2008年12月03日
偉人の街の魅力発見 篤姫ウオークに400人/鹿児島市

篤姫や西郷隆盛ら幕末から維新期に活躍した人物ゆかりの地を巡る「維新のふるさと鹿児島ウオーク-篤姫ウオーク」が15日、鹿児島市であった。県内外の402人が参加、偉人を生んだ街の魅力を感じながら思い思いのペースで歩いた。
参加者はJR鹿児島中央駅前を出発。加治屋町周辺の5キロコースと、篤姫館や上町周辺を巡る10キロコースに分かれ、地図やカメラを片手に歩いた。
上町の篤姫生誕地や福昌寺跡は地元住民がガイド役を担当。「先週の『篤姫』の場面はここが舞台。石垣の下半分は当時のまま」など丁寧な解説に参加者は聞き入っていた。
長崎県佐世保市の山下美佐子さん(73)は「いろいろ発見がある。友達にも紹介したい。道案内の矢印があり分かりやすかったが、次までの距離や座る場所があればもっとよかった」。鹿児島市内からの参加者も多く、上町地区の魅力を再発見した様子だった。
同ウオークは16日もある。小雨決行。午前8時半-同11時、鹿児島中央駅前東口で受け付ける。無料。
2008年11月30日
「篤姫」から観光振興学ぶ

県内などを舞台に来年放映されるNHK大河ドラマ「天地人」を本県の観光振興に生かそうと、観光業者らを対象にした研修会が17日、新潟市中央区の朱鷺メッセで開かれた。約250人の参加者は、現在放映中の篤姫の地元・鹿児島県のPR活動や受け入れ態勢を学んだ。
新潟観光コンベンション協会が主催した。鹿児島県観光課の島津孝子主幹が、民間の協賛金で制作したガイドブックやJR、コンビニとの宣伝協力を紹介し、「PRの柱は連携。行政や民間、県内外の各団体が協力すれば予算も2倍、3倍に増える」と強調。「篤姫の経済効果は約280億円と試算され、関連施設の入場者数は2けた以上伸びた」と説明した。
また同課の西郷正和主査が、篤姫放映に向けボランティアガイドを養成した指宿市の活動を解説。「観光客は歴史だけでなく、ドラマの内容やロケ地への関心も高い。案内は地元の方言が喜ばれる」とアドバイスした。
参加した愛・天地人博南魚沼プロジェクト(南魚沼市)の目黒哲也委員長は「各地域が互いに連携し、県全体で歓迎する空気をつくることが大事だと感じた」と話していた。
2008年11月27日
景気、もっと光を

ライトアップの季節が来た。原油や穀物の価格高騰、世界同時株安、円高……。忍び寄る不況風をはね返そうと例年以上に盛り上げる商店街もある。歳末商戦に向け、鹿児島に「もっと光を!」。(寿柳聡)
「篤姫館」がある鹿児島市本港新町のドルフィンポートは5万個でライトアップ。昨年より1万5千個増やした。正面の高さ7メートルのツリーだけで1万個だ。来年2月末まで点灯するツリーもある。
訪れた観光バスの数は9月末現在で5371台。昨年の約6・5倍に激増した。篤姫館が最大の目当てだ。今月5日に来館者45万人を突破した。大河ドラマはまもなく終わるため、「篤姫館の閉館の後が怖い」と担当者。
鹿児島市東開町のイオン鹿児島ショッピングセンター(SC)。入り口の柱を利用した2本のツリーが輝く。壁面にも約40メートルの帯状にライトアップが施されている。
SCは昨年10月にオープン。年間1千万人の来客を想定していたが、約2週間早く達成した。イオン九州によると、価格を抑えた「プライベートブランド商品」が好調で、カップめんやパスタなど小麦を原料にした商品が人気だという。「お客様は生活防衛に入っている。うちもコストを削ってがんばりたい」
南九州随一の繁華街「天文館」では、通りごとに異なっていた点灯時期を昨年に統一。12月25日まで計50万個の電球が夜の商店街を彩る。
三越鹿児島店の閉鎖発表は暗い影を落とした。「We Love天文館協議会」の牧野繁専務理事は「景気は全体的に悪いが、雰囲気を少しでも明るくしたい」と話す。
2008年11月24日
嫁ぐ道中、将軍死去の報…「篤姫」側近の日記公表

天璋院篤姫(1836~83年)の警備を担当していた薩摩藩士・仙波市左衛門の日記が見つかり、東京古典会が13日、東京都内で公表した。
発見されたのは、日記など8冊で計約2000ページ。嘉永6年(1853年)に篤姫が江戸に向かう道中で、嫁ぐ相手の徳川家定の父で、12代将軍の家慶が死去したことが分かったことも記されている。この時点で篤姫は将軍の妻になることになった。
仙波は藩主・島津斉彬の側役(そばやく)も務めた。娘が篤姫の輿(こし)入れに付いて江戸城に上がるなど、篤姫とは近い間柄だった。「きの」という名前の娘が大奥勤めをするにあたり、「さか」と改名するなど、当時の女性が身分に応じて名前を変えていたことも記述されている。
山本博文・東京大学史料編纂所教授(日本近世史)は「薩摩藩の記録については、幕末から明治にかけ焼失しており、大変貴重。女性についての記録は当時少なく、珍しい史料だ」と話している。
日記は14、15日、東京都千代田区の東京古書会館で一般公開される。
2008年11月21日
篤姫、上京時に泊まった宿? 岡山・矢掛本陣に記録
ドラマで人気を博す徳川13代将軍正室の天璋院篤姫(てんしょういん・あつひめ)が故郷の鹿児島から上京する際、山陽道の宿場だった岡山県矢掛町の矢掛本陣(国指定重要文化財)に宿泊したことを示すとみられる古文書が見つかった。NHKの大河ドラマでは海路で瀬戸内海を通過したと描かれたが、史実は陸路で山陽道を通ったとされ、それを裏付ける史料となりそうだ。関係者は「矢掛に多くの篤姫ファンが集まってくれれば」と期待を膨らませている。
同町のやかげ文化センター古文書室長の渡辺和夫さん(75)が今月、矢掛本陣を代々運営していた石井家から県立博物館に寄託された古文書群の中から発見した。
渡辺さんによると、本陣の宿泊記録である「宿方御休泊留(しゅくかたごきゅうはくどめ)」の1853(嘉永6)年9月部分に「中将様御娘也 薩州御姫君様 御登 御泊 御拝領銀三枚」と記され、50人余りの武士や女中が同泊したことが書かれていた。
従来から存在を知られていた本陣周辺の宿の宿泊記録にも、同月の部分に「薩州御姫様御泊り」とあり、33軒に200人余りの家来が宿泊したことが記されている。
「単に『薩摩の姫君』というだけでは、分家の別の姫様の可能性もあるが、『中将の娘』と明記している以上、藩主島津斉彬(なりあきら)の養女で、当時唯一の娘だった篤姫に間違いない」と渡辺さん。この年、斉彬の養女となった篤姫は、8月に鹿児島を出立(しゅったつ)し10月に江戸の薩摩藩邸に入っており、宿泊記録は時期的にも一致するという。
渡辺さんが、篤姫宿泊の証拠を集中的に探し始めたのは2カ月ほど前から。町関係者が県立博物館学芸員から「篤姫の上京ルートはドラマの印象で海路と思われがちだが、研究者の著作では陸路が史実とされている」と教えられ、「篤姫の足跡が見つかれば町も盛り上がる。確かな宿泊記録が残っていないか」と相談を持ちかけられたのがきっかけ。
同町のやかげ文化センター古文書室長の渡辺和夫さん(75)が今月、矢掛本陣を代々運営していた石井家から県立博物館に寄託された古文書群の中から発見した。
渡辺さんによると、本陣の宿泊記録である「宿方御休泊留(しゅくかたごきゅうはくどめ)」の1853(嘉永6)年9月部分に「中将様御娘也 薩州御姫君様 御登 御泊 御拝領銀三枚」と記され、50人余りの武士や女中が同泊したことが書かれていた。
従来から存在を知られていた本陣周辺の宿の宿泊記録にも、同月の部分に「薩州御姫様御泊り」とあり、33軒に200人余りの家来が宿泊したことが記されている。
「単に『薩摩の姫君』というだけでは、分家の別の姫様の可能性もあるが、『中将の娘』と明記している以上、藩主島津斉彬(なりあきら)の養女で、当時唯一の娘だった篤姫に間違いない」と渡辺さん。この年、斉彬の養女となった篤姫は、8月に鹿児島を出立(しゅったつ)し10月に江戸の薩摩藩邸に入っており、宿泊記録は時期的にも一致するという。
渡辺さんが、篤姫宿泊の証拠を集中的に探し始めたのは2カ月ほど前から。町関係者が県立博物館学芸員から「篤姫の上京ルートはドラマの印象で海路と思われがちだが、研究者の著作では陸路が史実とされている」と教えられ、「篤姫の足跡が見つかれば町も盛り上がる。確かな宿泊記録が残っていないか」と相談を持ちかけられたのがきっかけ。
2008年11月18日
特集ワイド:「篤姫」人気の秘密 逆境生き抜く「強さ」に共感
NHK大河ドラマ「篤姫」が絶好調のうちに大団円を迎えようとしている。あまり知られていなかった天璋院篤姫という女性を主人公に据えながら、「幕末大河は当たらない」というジンクスを破って、高視聴率をマークしてきたのは、なぜか? 人気の秘密を探った。【大槻英二、山寺香】
「みなさーん、こちらが篤姫ゆかりの江戸城のあったところでございます」。千代田区の皇居前広場。ガイドが説明を始めると、参加者はうなずきながら耳を傾けた。「はとバス」(東京都大田区)が7月から始めた篤姫ゆかりの地を訪ねるツアー。この日は平日にもかかわらず、定員42人が満席になる人気ぶりだ。神奈川県から参加したワインアドバイザーの松尾和枝さん(49)は「自分の主張をしっかり持ち、与えられた使命をまっとうしようとする篤姫の生き方に共感する」と話す。
「篤姫」は、薩摩藩主の分家に生まれた女性が徳川十三代将軍・家定の御台所として大奥入りし、明治維新の際には江戸城無血開城に大きく貢献する、その激動の生涯を描く。番組平均世帯視聴率は初回こそ20・3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)だったが、物語の進展とともに上がり、10月5日放送の第40回「息子の出陣」では最高の28・1%をマーク。これまでの平均視聴率は約24%で、大河では97年の「毛利元就」以来の高視聴率となっている。
■
NHK広報部によると、従来の大河の視聴者は中高年が中心で男性の比率が高かったが、今回は20、30歳代の女性が見ているのが特徴。若い女性を引きつけたのは、史上最年少で大河のヒロインを演じる宮崎あおいさんをはじめ、小松帯刀役の瑛太さん、徳川十四代将軍・家茂役の松田翔太さんら表現力豊かな若手俳優を起用したこともあるが、そこには、作り手の前例を破る試みもあった。
制作統括の佐野元彦チーフプロデューサーがこう話す。「幕末は血なまぐさくなりがちですが、女性を主人公にすることで、泣いたり笑ったりして生きていた人たちの日常を描きたかった。難解な歴史背景を大胆に省略することで、事件そのものを追うのではなく、事件に巻き込まれていく人物の気持ちを描くスペースを残すドラマを目指しました」。つまり「幕末」を舞台に借りながら、現代にも通じる「家族愛」を描くホームドラマとして作ったという。
家庭に「お茶の間」が戻ってきたことも意識した。佐野さんによると、1人1台と言われたテレビが、最近では画面の大型化に伴い、家族そろってテレビを見る機会が増えているという。世代を超えて楽しめるように、合戦シーンは少なくし、女性たちの華やかな衣装を存分に見せた。
<女の道は一本道にございます。さだめに背き、引き返すは恥にございますよ>。於一(おかつ)(後の篤姫)が薩摩藩主、島津斉彬(なりあきら)の養女となる際、養育係が贈ったこの言葉が、ドラマを貫くテーマだ。
「最後の大奥 天璋院篤姫と和宮」(幻冬舎新書)などの著書がある作家の鈴木由紀子さんは「歴史は男性の視点で表面だけなぞっても、見えない部分があります。私自身、篤姫のことを調べていて、世の中の動きにこれほどまでに女性が関与していたことに驚きました。視点を変えたことが新鮮な印象を与えたのだと思います」と分析。埼玉学園大教授(女性史)の服藤(ふくとう)早苗さんは「宮尾登美子さんの原作以上に、田渕久美子さんの脚本は、篤姫が主体的に発言したり行動するように描かれています。それが、今の時代にフィットしたのでしょう」と話す。
■
女性が主人公の大河は、81年の「おんな太閤記」や06年の「功名が辻」など過去にもあった。「夫を支える内助の功がテーマでした。良妻賢母が理想とされた時代なら、今回のようなドラマは受け入れられなかったかもしれません。女性の描かれ方は、その時代の女性観を反映します」と服藤さん。
首相が2代続いて政権を投げ出し、米国発の金融危機で世界経済が崩壊の危機にさらされている時代に、「篤姫」は幅広い支持を集めた。鈴木さんは「沈みゆく泥舟の幕府側の人間が描かれているわけで、今の時代状況にも重なります。信念も覚悟もない男性社会の現実を見せつけられているなかで、これでもかこれでもかと降りかかる試練に耐えて成長してゆく篤姫の生きざまに、視聴者は『逆境の中でも、人間は強く生きていける』と励まされているのでしょう」と話す。
ドラマは、いよいよクライマックス。12月14日放送の最終回「一本の道」では、明治に入り、篤姫が49年の生涯を閉じるまでを描く。
「みなさーん、こちらが篤姫ゆかりの江戸城のあったところでございます」。千代田区の皇居前広場。ガイドが説明を始めると、参加者はうなずきながら耳を傾けた。「はとバス」(東京都大田区)が7月から始めた篤姫ゆかりの地を訪ねるツアー。この日は平日にもかかわらず、定員42人が満席になる人気ぶりだ。神奈川県から参加したワインアドバイザーの松尾和枝さん(49)は「自分の主張をしっかり持ち、与えられた使命をまっとうしようとする篤姫の生き方に共感する」と話す。
「篤姫」は、薩摩藩主の分家に生まれた女性が徳川十三代将軍・家定の御台所として大奥入りし、明治維新の際には江戸城無血開城に大きく貢献する、その激動の生涯を描く。番組平均世帯視聴率は初回こそ20・3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)だったが、物語の進展とともに上がり、10月5日放送の第40回「息子の出陣」では最高の28・1%をマーク。これまでの平均視聴率は約24%で、大河では97年の「毛利元就」以来の高視聴率となっている。
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NHK広報部によると、従来の大河の視聴者は中高年が中心で男性の比率が高かったが、今回は20、30歳代の女性が見ているのが特徴。若い女性を引きつけたのは、史上最年少で大河のヒロインを演じる宮崎あおいさんをはじめ、小松帯刀役の瑛太さん、徳川十四代将軍・家茂役の松田翔太さんら表現力豊かな若手俳優を起用したこともあるが、そこには、作り手の前例を破る試みもあった。
制作統括の佐野元彦チーフプロデューサーがこう話す。「幕末は血なまぐさくなりがちですが、女性を主人公にすることで、泣いたり笑ったりして生きていた人たちの日常を描きたかった。難解な歴史背景を大胆に省略することで、事件そのものを追うのではなく、事件に巻き込まれていく人物の気持ちを描くスペースを残すドラマを目指しました」。つまり「幕末」を舞台に借りながら、現代にも通じる「家族愛」を描くホームドラマとして作ったという。
家庭に「お茶の間」が戻ってきたことも意識した。佐野さんによると、1人1台と言われたテレビが、最近では画面の大型化に伴い、家族そろってテレビを見る機会が増えているという。世代を超えて楽しめるように、合戦シーンは少なくし、女性たちの華やかな衣装を存分に見せた。
<女の道は一本道にございます。さだめに背き、引き返すは恥にございますよ>。於一(おかつ)(後の篤姫)が薩摩藩主、島津斉彬(なりあきら)の養女となる際、養育係が贈ったこの言葉が、ドラマを貫くテーマだ。
「最後の大奥 天璋院篤姫と和宮」(幻冬舎新書)などの著書がある作家の鈴木由紀子さんは「歴史は男性の視点で表面だけなぞっても、見えない部分があります。私自身、篤姫のことを調べていて、世の中の動きにこれほどまでに女性が関与していたことに驚きました。視点を変えたことが新鮮な印象を与えたのだと思います」と分析。埼玉学園大教授(女性史)の服藤(ふくとう)早苗さんは「宮尾登美子さんの原作以上に、田渕久美子さんの脚本は、篤姫が主体的に発言したり行動するように描かれています。それが、今の時代にフィットしたのでしょう」と話す。
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女性が主人公の大河は、81年の「おんな太閤記」や06年の「功名が辻」など過去にもあった。「夫を支える内助の功がテーマでした。良妻賢母が理想とされた時代なら、今回のようなドラマは受け入れられなかったかもしれません。女性の描かれ方は、その時代の女性観を反映します」と服藤さん。
首相が2代続いて政権を投げ出し、米国発の金融危機で世界経済が崩壊の危機にさらされている時代に、「篤姫」は幅広い支持を集めた。鈴木さんは「沈みゆく泥舟の幕府側の人間が描かれているわけで、今の時代状況にも重なります。信念も覚悟もない男性社会の現実を見せつけられているなかで、これでもかこれでもかと降りかかる試練に耐えて成長してゆく篤姫の生きざまに、視聴者は『逆境の中でも、人間は強く生きていける』と励まされているのでしょう」と話す。
ドラマは、いよいよクライマックス。12月14日放送の最終回「一本の道」では、明治に入り、篤姫が49年の生涯を閉じるまでを描く。
2008年11月15日
篤姫の時代講演 ペリー&ハリス展

「やはり強気な人」
黒船を率いて開国を迫った米国の海軍提督ペリーと初代駐日米総領事のハリスに焦点をあてた展覧会「ペリー&ハリス―泰平の眠りを覚ました男たち―」(読売新聞社など主催)を開催中の名古屋ボストン美術館(名古屋市中区金山町)で8日、「篤姫の生きた時代」をテーマに講演会が開かれ、熱心な歴史ファン150人が聞き入った。
講師の桑名市博物館学芸員の杉本竜さんは、桑名藩士が文久年間(1861~63年)の江戸城内のうわさ話や庶民の様子を克明に書き残し、5年前に偶然発見された「文久日記」などをもとに講演。「日記は島津久光の行列に騎馬で乱入してイギリス人が殺傷された生麦事件で、イギリスの軍艦が江戸を攻める緊迫した空気が漂ったが、篤姫は『戦争になっても江戸城を離れない』と言ったなどと伝えている。篤姫はやはり強気な人」と、人気のNHK大河ドラマに触れながら解説した。
参加した中区の主婦鈴木順子さん(60)は「展覧会は開幕してすぐ見ましたが、講演では当時の様子が身近に感じることができ、とてもわかりやすかった」と話していた。
同展ではペリー、ハリスの愛用品や日米和親条約の英語版原本など190点が展示されている。12月21日まで。
2008年11月12日
篤姫かかしとハイチーズ祭りに84体並ぶ常陸太田で30日まで

常陸太田市大中町の「里美ふれあい館」イベント広場で、恒例のかかし祭が開かれている。地元自治会や中学生、高校生などが手掛けた84体のかかしが並び、かかしと並んで盛んに写真を撮る観光客の姿が目立つ。
収穫の時期を終えて、街づくりのシンボルにしようとスタートしたかかし祭は、今年で21回を数える。
毎年、話題の人物が登場し、今回はNHK大河ドラマで人気を呼んでいる「篤姫」や北京五輪で活躍したソフトボールの上野由岐子選手などが登場。かかし祭は30日まで。
2008年11月09日
「篤姫」脚本家が母校で対談

益田市出身の脚本家田渕久美子さん(49)が5日、母校の益田高で生徒と対談した。NHK大河ドラマ「篤姫」の創作秘話や、脚本に込めた「精いっぱい生きる大切さ」をメッセージとして後輩に伝えた。
体育館に集まった全校生徒538人を前に田渕さんは「『篤姫』見てますか」とまず質問。あまり手が上がらず「中高生に見てほしくて若い俳優を起用したのに。残念」と笑わせた。ドラマの一部を観賞した後、生徒代表でいずれも3年の伏谷亮祐君(17)、石川翔一君(18)、椋木将史君(18)の3人と対談。「多くの人を処刑した井伊直弼が苦悩を背負っていたという描き方に驚いた。歴史に詳しいんですね」との質問に「実は幕末は苦手で高校のテストも最低だった」と田渕さん。「脚本を引き受けた時に猛勉強したし、たくさん取材しました。そんな中で日本の将来を考えて懸命に生きた人たちの思いを伝えようと書いたのが『篤姫』なのです」と述べた。「みなさんも将来について悩んでいると思いますが、自分自身と対話をして何がやりたいのか問い直し、進むべき道を見つけてください」と励ました。